地球の民の子等

世界の若者達へ託す切なるねが


未来ある生命を賭けて
若し、戦争が起これば、いまも起こっております。

若者達が戦うのです。

その未来ある生命を賭けて戦うのです。

自分の生命をどう扱うのか。

 憎むべき相手というのは本当に居るのか、自分が戦死したら、それで終わりです。

相手を倒して勝ったところで、其処に何が残るのでしょうか。

 民主主義の中に平等主義が含まれるのか、平等主義の中に民主主義が含まれるのか。

結果を平等にするのは難しいので、参加する機会の平等性を計っている。

 それに全て結果が若し平等なら、人々の努力目標が立てられない。

差があるからこそ、それをハンディキャップとして越える為に、自らの能力を奮い立たせる事が出来る。

 民主主義は善しとされるが、民は多くなれば賢くなれるのか。

賢い選択が出来るのか。個々の民は必らずしも賢い人ばかりとは言い難い。 こういう自分も省みれば、後悔ばかり、つくづく愚かに生きてきた事よと嘆息多し。

 かって、知恵のある人の主義主張が広く読まれる(理解される)事によって革命が起きた。 革命によって一部の権力者(多くの民の生命と財産、地球の資源を握っている)からその〝力〟を取り戻したのに今も尚、それに代わる権力者が出現している。 そして多数の人々の生命と自由も自由にならない。

いつの世でも人はみな平等になれるのではない。力の差は必ずある。 男女の差、年齢の差。生まれた家の持っている親の力。 物覚えの能力の差。かけっこが早いか遅いかの肉体力の差。属している国の国力の差。 だから変化が生まれ面白くなれるのだが、私が今主張したい〝平等〟は何に対してであるのか。それを課題にしている。
大前提は地球(私達人類が乗っているたった一つの母船)の資源に対する平等の権利かって権力者が己れの恣意により占有してきた資源は、グローバル民主主義グローバル平等主義の観点から、地球の民の子等が平等に受け取る資格を持っていると考えます。権利というより資格という言葉がより適切でしょう。
権利という言葉からは絶対的な優位性の主張が感じ取られ、かっての革命のように血を流して奪い取るのではないのだから。 地球の資源は人類みなの共有財産なのです。
生きる自由を奪われた被支配者階級の悲哀を知っている者の代表としておくられ、やがて統治者の地位に立った者がやがて民の自由を制限し、強権者として変貌する例があり過ぎる。 その彼が偶々そういう二面性を持っていた者から選んだのが間違いだったのだとは言えない。
 普通の人間(私もあなたも、そうなるかも知れない)が変わるのです。何故変わるのか、誰もが持っている人間の弱さが原因だからです。 彼も私も同じなのです。いつ終末を迎えるか分からない生命を預かっている人間の弱さ(不安)から来るのです。
 当初彼の目的は権力者を倒し、自らの希い(自由)を得る事だったのに、いま権力者になった彼には自分を批判する者は、自分の自由を奪う存在だから、排除しようとするのです。 同じ方向性なのです。

 悲しいかな、哀しいかな、これが限られた生命しか与えられていない、人間の持つ弱さなのです。 これ迄の支配者(民主的手段によって選ばれても)の命令によって望まぬ人殺しを強いられ、余りにも多数の若者達が生命を散らしました。 自分の生命のあり方を、自分で決められてこそ、本当の民主主義と言えるのではないか。

 これ迄地球の裏側に住んでいる人達の事は知らない時代が長かった。

いつ襲われるかも知れない。いつ生命と財産を奪われるかも知れない。であれば常にそれに備えていなければならなかった。だから軍備も必要だった。だが現代(いま)は違う。

 かっては最も肝腎な情報も一部の権力者、教育を受けられる者達に握られていた。 だからそれを知らない民達は従わざるを得なかった。 この先の道の状況を知り得ずに勝手に進めないから指令者の命令に従わざるを得なかった。

 いまは地球の状況、各国の国状など大概の情報は大概の人々が知り得ている。 先進国達は強大国と云われる国は、既得権益としての保有する力(経済力、資源力 軍事力)を背景にいまも優位に夫々の国益を増幅させようとしている。隣国同志で線引きを争われている。

 経済水域の問題も地球資源への確保の優位が欲しいから。 軍事力等を背景にした強大国の民は食べられても弱小国の民はひもじさに耐えなければならないのか。 軍事力を行使して同じ地球の民の地から奪った資源を自分達のみとして強大国の民達は喜び歓迎するのか。

自由経済は情報物流伝達の格段の進歩によっていまや世界を駆け巡り富める者はより一層富を得ている。そしてその行き先は?

地球資源は限られており、この地球上に生を得た人々は、この地球上の資源を元に生命を育んでいるし、 その資源を受け取る資格を有している。

線引きに勝ったからと云っても地球の資源は最早あなたの国の専有物ではないのです。 線引きの為に地球の生命力を損なうような核兵器など使ったら一時的に勝利したように見えても、やがて勝ったあなたも地球という母船の寿命を縮めてやがて滅びて行くのです。

 あなたの敵は、あなたの心の中に投影された、過去の人類の誤った戦いの、残影ではないのですか。地球の民同志が戦って何が残るのですか。
 世界の若者達よ、先進国と云われる国々の若者達も、後進国と云われている国々の若者達も、あなたの生命(食べる資格、地球の民同志の戦いを忌避する資格)はあなたが守り、管理なさって下さい。 その為のあなた方若者達の意志を集める手段はあなた方が求めれば現代はいくらでも出て参るでしょう。グローバル人類平等主義は、究極の平和主義なのです。
地球はあなたのものでもなく、勿論私のものでもない。

地球上に生命をさずかった諸々の、しばしの間の(夫々の)生命の花を咲かせるための地球なのです。

地球の民同志が争って線引きを、いくら引いても地球の資源は無駄になる事はあっても、決して増える事はない。

G7・G20国のトップ達にあなたの全てをあなたの人生の未来の花を咲かせる生命を任せておいてよろしいのか。

民主主義的手法によって選んだから、それで民主主義の役目は終わったのか。 違います。自分の生命の行末を、自分が決められてこそ、真の民主主義ではないでしょうか。

 世界の若者達よ、あなたは旧態依然とした政治の仕組みに縛られて、あなたの民主主義は本当に生きられるのでしょうか。真にあなたは間違ってますよと、注意し合える仲、それが平等主義・民主主義に通じるのです。

 人は自分の背中と、歩き方を直接見る事は出来ない。自分の行っている本当の姿を見る事が出来ないのです。 注意してくれる他の存在があってこそ、自分の本当の姿を知る事が出来、互いに役に立てるのです。
 強大国も弱小国も国際的に発言する機会が、出来るだけ公平に与えられるよう先ず為すべきですが、例え同様に発言されても背後に控えている軍事力、経済力によってその影響力(効果力)に格段の差が生じて参ります。

 人種差別 No。同一労働同一賃金の世です。パワハラも当然 No。 軍事力、戦争こそ最大のパワハラです。

平等なる地球の民の子達よ、平等に生命の花を咲かせてほしい。 小さくたくさん咲く花
この地球上の各地に夫々の個性を発揮して、咲き誇り、咲き続けてほしい。
相手を抹消する(殺す)ことで自分を生き残す生き方や、相手から奪う事で己れを満たす生き方ではなく、共に耐え、共に学び、共に生きられる道を求めて欲しいと希うばかりです。
 一人、二人の智慧者や支配者によって世界観が変わる時代ではない。 ヴェルサイユ宮殿のパーティに憧れる贅ではない。 普通の人達の普通の(人並の)生活を維持すべく希いをこの地球上に結集し二十一世紀の思想としたい。

 世界万民平等(グローバル民主主義・グローバル平等主義)をみんなで考えましょう。 己れのみの幸せだけではない幸せ。地球の民の子が同朋(同船)の地球の民の子を己れが生き残る為に滅しようとする旧時代からの脱却を。

〝永遠なる地球の民の子等に栄あれ〟
[未来ある生命を賭けて]
2019年(平成31年)1月15日:岩木荘にて起稿
1月24日自宅にて 了
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